【顧問生活】顧問ライフと仕事オフ時に行った名所・グルメを紹介

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NHKの朝ドラ”エール”で、志村けんさんが遺作として登場します。志村けんさんの役は有名な作曲家 山田耕作です。

現在放映しているNHKの朝ドラ ”エール”で5月1日、 第5週「愛の狂想曲」の木曜日から、先日新型コロナ性肺炎で惜しくも亡くなった志村けんさんが
音楽家の役で登場します。役名は、小山田耕三で、窪田正孝さんが演じる主人公・古山裕一の才能を認めて、レコード会社に専属作曲家として推薦する
西洋音楽の作曲家を演じます。

 

実はエールには実在した音楽家のモデルがいるのはご存じでしょうか?
主人公 古山裕一さんのモデルは、太平洋戦争前、戦中、戦後と沢山の明るく元気な曲を作った作曲家である古関裕而がモデルなのです。
一方志村けんさんが演じる小山田耕三のモデルは、日本を代表する唱歌やクラシック音楽の作曲家である山田耕作がモデルなのです。

ここでは古関裕而と山田耕作について紹介したいと思います。

古関裕而とは?


まさに2020年4月からNHK朝ドラの主人公 古山裕一のモデルとなったのが古関裕而です。古関裕而は、1909年=明治42年福島県生まれで、1989年=平成元年に生涯を閉じた作曲家です。古関裕而の凄いところは、音楽学校を卒業していないことです。

お父様が音楽好きで、蓄音機を買ってレコードをかけていたというのが音楽センスを磨いたのかもしれません。小学生のときから作曲をしていたようで、その後、福島商業学校の生徒だったときに、ハーモニカをいつも持ち歩いており、その後もハーモニカバンドで作曲や指揮を行っていたことは、ドラマ エールでも描かれています。

そして、その当時も山田耕作が書いた”作曲法”という書籍をいわば音楽の教科書として、作曲の勉強を続けていました。

学校卒業後は銀行に就職したのですが、銀行員になった後も作曲の勉強を行っており、その中で山田耕作宛に自分が作曲した楽譜を送ったりして、文通のようにやり取りをしていました。

その後、山田耕作の推薦で、その当時のレコード会社であるコロンビア専属の作曲家に推薦され、そこで福島の銀行を止めて上京し、それからは戦前・戦中・戦後を通じて作曲家として沢山の曲を作りました。ジャンルもクラシック作曲家からいわゆる歌謡曲や会社社歌、そして野球球団やスポーツ行事に関する作曲家として大変な業績を上げました。

代表的な曲としては、1964年の東京オリンピックマーチ、高校野球の歌、読売巨人軍の歌、怪獣映画”モスラ”のテーマ曲を始めとした映画音楽など様々な曲を残しています。


山田耕作とは

一方山田耕作は、1886年生まれですから、古関裕而より23歳年上です。
クラシック音楽中心の作曲家でしたが、有名な唱歌、童謡も沢山作っています。

代表的な曲としては、赤とんぼ、ペチカ、待ちぼうけ、この道などがあります。

山田耕作は、前述のとおり、古関裕而が銀行員だったころから文通を通じて交流しており、そのあと、古関裕而が作曲家として東京に出てきて大成したのは、山田耕作の後押しでしたので、山田耕作は古関裕而にとって一番の恩人と言えるでしょう。

山田耕作の推薦が無ければ古関裕而は作曲家として世に出れなかったかもしれません。

 

志村けんが演じる山田耕作役興味深いです。

 

その山田耕作の役を志村けんさんが行っていたというのが非常に興味深いですね。
ふだんのコントではなく、俳優としての新境地を開くような役だったと思います。
是非、遺作となった志村けんさんの”エール”での小山田耕三=山田耕作の演技を
観たいと思います。